ケーブルカーはなぜサンフランシスコに・・・?by Taka丼
えっとね、サンフランは、異常に坂が多くてしかも勾配が尋常じゃないんだよね。ケーブルが施設されたのは
1873年。8月2日にクレイストリートでケーブルカーの第一号が発車したとあります。このシステムを開発したのはアンドリュー・スミスと言う人物で、彼が考案したこのシステムはサンフランではすごく理にかなったものだったんですね。
19 世紀後半は、交通手段が馬車しかなく、サンフランの勾配のきつい坂は馬車がとても登れるようなものではなかったこともありました。実際、この坂を無理 をして上らせた結果、馬がスリップして果てに死んでしまうケースが多発したらしい。確かに、実際に行ってみると、よくこんなところ最初に道付けたなぁ、と 驚くくらいにすごい傾斜角度なんだよね。

(これは1873年当初のケーブルカー→)
最 初は、このケーブルカーは、蒸気の力でモーターを回転させて、ケーブルを動かしたんだそうで す。で、ケーブルカーは、車両の下にあるグリップを握ったり 離したりすることで、急勾配の坂を上った、というわけ。さて、電気式のケーブルカーは1888年にはすでに開発されていたそうですが、実際に採用されたの は、1906年のサンフランシスコ大地震の後。その後は、電気でモーターを動かす方式が採用され、現在に至るまで市民の足として活躍していると言う訳で す
。フィッシャマンズワーフや、マーケットプレイスには、台座があってそこでケーブルカーをぐるっとか移転させて、もと来た方向に方向転換させるのだけれど、これなんかも時代を感じさせて面白いですよ!
(これは、ケーブルカーの下部。ストリートの下の部分に隠れているけれど、下に見えるグリップがケーブルを掴んだり離したりするわけですね。)
モーやんごめんなぁ、地元のお株奪ってしもて!
許して!
7 件のコメント:
フフフッ・・・またこれで”いびれる”口実ができたわ~(^O^)・・・と言うのは大ウソですよ~!
これからは”生き字引タカ丼”と呼ばせてもらいやしょう!ケコ丼!これでますますSFのケーブルカーに乗りたくなったよね~♪
生き字引タカ丼 vs 地響きモーヤン丼
北米支部の夜は長い。
神戸の夜は早い。
ケコ・・・頼むからお手柔らかに。
そんでもって、SFにいってケーブルカー乗ってらっしゃーい!
私も行きたい・・・・ボソ。
ボコちん
お~い、ボコチン
大丈夫かー
何かテンぱってんのか~?
なんか吐き出したいことあるンやったらいつでも聞いてあげるよ。
あたられキャラのTaka丼より
あたられキャラタカ丼!
バシっ”””””
by あたりキャラ ボコ沈=(4号車のガイドとも言う)
北米支部をアラシことを、ここに深くお詫び・・しようかとも思ったけど、
やっぱやめた。
笑)
話聞くとはいったけど、ぶってイイとは言ってへんぞー。なにすんねん、いきなり。痛いやんか!
じゃあ、タカ丼、今度サンフランのエアポートで、いきなり”ナマチョップ”かましてあげるわー(笑 絶対、目ぇ~さめるでぇ~
ゾクっ!一度誰かを”チョップ”したかった
わたし・・・
おーい、君ら、フラストレーションタメまくってんのんかぁー!
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